医師不足の現状
1月27日の「119番・救急車」について現場の医師(と思われる方)から
医師の現状についての詳しいコメントを頂いた。
(「崩壊を眺めるもの」というタイトルの方)
このココログには容量制限があるらしく(よく判らないが)そこであふれ
そうだったので続きを2月1日の「インフルエンザ流行」のページに移し
書いて頂いたので、医師不足の現状についてぜひそちらを見てほしい。
かっての「白い巨塔」には様々な問題があり、それが改善されたのは
良いが、崩れたことにより新たに問題が生まれ、さらに過酷な仕事に
見合わない報酬に勤務医が悲鳴を上げている様子が述べられている。
一般に医者と言えば「ベンツに豪邸」と言うイメージがあり、経済的に
恵まれている思われている。
公立病院でも30代で年収1500万以上と聞く。
ウチのそばにも若い(30代?)のにそういう家がある。
理系のトップ集団でそれなりの待遇があるからこそ憧れの職業。
その期待が過酷な勤務でしぼんでいくのは忍びないがいまひとつ
すっきり理解できない所がある。
要は待遇改善。破格の待遇をすれば医者は集まるのか。
「崩壊を眺めるもの」氏は様々なブログにコメントを入れ、漫画喫茶
まで行く余裕がある。とても勤務で「ヘロヘロ」になっているとは思え
ないのが説得力に欠けるのか。(失礼)。
しかし、今の状態で決して良くはない。
死なせて呉れない医療で医者は自分の首を絞めている。
死にそうなのを生かしておいて補助金が減るからと言って後は家で
面倒を見ろ、では困る。
ウチも近い内に老々介護で辛い思いをするだろう。
死にたい時に死なせて呉れるのもあり、にすれば余分な治療も
しなくても良いし医師の負担も減るだろう。
そう言えば「後期高齢者」の問題が騒がれた時に、そういう書類を
作るの作らないのの話があったように思うがその後どうなったの
だろう。
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コメント
ブログ主さんは、漫画喫茶を利用されたことがないのですね。あそこは仮眠を取るのにもってこいなんですけどね。
空き時間が3時間、車で30分の距離の家に帰ると睡眠時間が満足に取れないが、最寄りの漫画喫茶へ行けば少なくとも2時間半は仮眠が取れるのですよ。おまけに娑婆に出た気分は充分に満喫できますしね。こういう漫画喫茶の活用は、忙しい職業の人間、若者であれば誰でも思いつく方法です。
ちなみに、私も夜勤明け(正式名:宿直24時間勤務)に利用しています。居眠り運転で帰宅したくはありませんから。あっ、私の職業ですが、医師ではありません。友人に外科医はおりますが。私の職業は、重度知的障害者入所施設のケアワーカーです。
それから、私の友人は年収300万でありながらベンツに乗ってますよ、鬼ローンを組んで。「時々医者に間違われるぞ。俺って医者に見えるかぁ?」と笑っております。クルマ好きは、分不相応なクルマを購入することが意外と多いのです。
さて、私が医療者に間違われる書き込みがなぜ出来るかといえばそれは簡単で、3年ほど前から「医療崩壊」に強い関心と危機感を持ち、以来情報収集を怠らないからです。厚労省の公聴会・医療裁判などにも公聴に出かけたりして居るのです。
「医療が崩壊の危機を迎えている!」という事実を知った1年目は、危機感と焦燥感を持ちました。が、周囲に話しても「へ?何言ってるの??」といった感じで、全然危機感を持ってないし、関心も持たない人々ばかりでした。まぁ、自分が困らなきゃ関心の持ちようもないのでしょうね。
だから、どんな反応をしようととにかく情報を流すに限るとあちこちに書き込みをしているのです。3年前は医師達もかなり危機感を持っていましたから、あちこちに書き込みしていましたね。
でも、笛ふけど踊らず で、その一方事態は人知れず悪化の一途を辿り続け、おまけに加速までついて今に至っています。
「逃散」という言葉をご存じですか?中世・近世、農民が耕作を放棄して他領へ移ることを指し、多く領主に対する示威的な闘争手段として行われました。
この「逃散」という言葉を医師達が使い始めたのは、まさに3年前です。3年前2006年という年は、「医療崩壊元年」と医師達が命名した年でもありました。
病院勤務医達が病院を辞めることを「逃散」と命名した… これは衝撃でした。なぜなら、勤務医達が自分たちのことを「水飲み百姓」と見ていたからです。そこまで自分を貶めていたのか… そこまで過酷な勤務だったのか… そこまで諦観を持っていたのか… と、暗澹たる思いがしました。
昨日、鳥取県にただ一つある、最後の砦 第三次救急医療施設である鳥取大学救命救急センターに勤める医師全員 退職することがニュースで明らかになりました。教授を筆頭に総勢4名の医師が辞表を出したのです。
これには驚きました。もう、鳥取県では一刻を争う重症患者を受け入れる施設がなくなったということだからです。市民病院や民間の総合病院で手に負えなくなった救急患者を送るところがない! ということだからです。
具体的にいえば、鳥取県で交通事故にあってはならない! ということなのです。死ぬ確率が高くなったからです。
鳥取県は、数少ない救急専門医4人を使い潰してしまったのです。もう、鳥取大に志願する救急専門医は居ないでしょう。使い潰される病院にノコノコ出かける狂者はいない。
ブログ主さん、あなたのお子さんが医師だと仮定しての話ですが、使い潰すことが明らかな病院に お子さんを勤めさせますか?
投稿: 崩壊を眺めるもの | 2009年2月 5日 (木) 19時41分
ブログ主さんにご説明いただきたいのですが…
>死なせて呉れない医療で医者は自分の首を絞めている。
>死にそうなのを生かしておいて補助金が減るからと言って後は家で面倒を見ろ、では困る。
これは、どういう意味なのでしょうか?
このお考えに至った過程を教えていただきたいのですが。
投稿: 崩壊を眺めるもの | 2009年2月 5日 (木) 20時47分
漫画喫茶がそういう風に利用されているとは知りませんでした。お疲れ様です。
医者は人を生かすのが仕事とは判っています。ウチの父もガンでもうだめだとわかっていても心臓に注射を打ち続けました。その処置で生き返るとでも思っているのでしょうか。死なせて上げても、死なせて呉れても良いのじゃないかと思うのです。何百人に1人は奇跡的なことが起こるかも知れませんがそれにより医療の現場が過酷になっているのではないですか。
入院後6ヶ月で補助金が減るので退院を迫られると聞きます。後は老々介護で苦しむのです。
貴兄ほど勉強もしておらずこう言う事を言うのは無責任かもしれませんがこれが一般的な考えだと思います。他のブログも同じ様でしょう。
貴兄の「啓蒙活動」には敬意を持ちますが、医師の行動に今一つ納得できない所が残るのです。
色々教えていただいて感謝しています。
投稿: mr.む. | 2009年2月 5日 (木) 21時32分
私の質問にお答えいただきありがとうございます。
>何百人に1人は奇跡的なことが起こるかも知れませんがそれにより医療の現場が過酷になっているのではないですか。
たぶん「治療を止める」ことは、医師の決断では出来ないと思います。なぜなら、「殺人罪容疑」を疑われてしまうからです。今は患者・家族・親族の意志が特別 重視されるのです。
患者本人・家族が納得して死を迎えたにもかかわらず、遠い親戚筋から異議を申し立てられ「民事訴訟」になり、医師側が敗訴になるという事態が結構全国で起きているのです。
>入院後6ヶ月で補助金が減るので退院を迫られ
「補助金」ではなく「医療費」ですが、これは厚労省の通達で決められているのです。
特に、急性期病院の場合、3ヶ月後から減らされます。なぜなら、国は医療費をここ10年ほど削る方向に動いているからです。
本来なら、急性期病院から療養型病院に移るシステムなのですが、国は、あろう事か療養型病院の病床を全国的に減らそうとしています。これも、「医療費削減のため」というのがその理由です。
これには医療界上げて反対していますが、国はテコでも動きませんね、今のところ。
「病院たらい回し」が起きる原因の一つは、療養型病院の病床が削られ、療養型病院に移れない患者が急性期病院のベットをふさいでいるからです。つまり、物理的に空きベットがないからです。
さて病院勤務医は、病院経営に口を出せないただのサラリーマンです。
そして、公立病院の場合、病院経営をするのは病院長ではなく、地方行政長なのです。
投稿: 崩壊を眺めるもの | 2009年2月 5日 (木) 22時21分
最後に、ブログ主さん、現時点はまさに「医療崩壊の最終章」に入ったところです。焼け野原になるのも近い。
問題は、焼け野原になった後どうするか? です。われわれ患者側の人間にできることは何か? 自分の死、身内の死に際し、何を望み、何を捨てざるを得ないか、考える必要がありますし、医療の基礎的なものは学んでおかなければならないでしょう。
たとえば、がんの末期の人が「何もしないで、このままあの世に生きたい」と願っても、気管挿管してしまえば、それを抜くことはできません。なぜなら抜いてしまえば 即死ぬからです。医師にも看護師にもそれはできません。「人殺し」になりますから。気管挿管しなければ大して長引かずに死ねるものを、挿管したばかりに植物状態になることも十分にありえるのです。
「無駄な治療はしないでくれ」と望むなら、最低限気管挿管はしないでくれ、と前もって周囲に徹底させなければならないのです、患者・家族が。
治療法を選ぶ権利、病院を選ぶ権利は患者側にあります。ということは、それなりの勉強と、選んだ結果を受け入れる覚悟を患者側は持たなければならないのです。権利には、義務・責任 が漏れなく付いてきますから。
さて、これから「医療」が崩壊するその一部始終を我々は目の当たりにすることになります。地域がどんな風に変わっていき、人心がどんな変化をし、渦中にいる人々がどんな行動・言動をし、国がいつどんな決定をどんな理由でするのか、地方行政がどんな認識をいつし、どんな政策を採ろうとするのか、私は歴史の生き証人として、それらをつぶさに眺めていこうと思います。
投稿: 崩壊を眺めるもの | 2009年2月 6日 (金) 21時02分